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国史跡播州葡萄園跡 360.35平方メートルを追加指定

[2011年4月1日]

国史跡播州葡萄園跡 360.35平方メートルを追加指定

 文部科学省は平成19(2007)年7月26日付の官報告示にて、国史跡播州葡萄園跡の未指定地の一部、360.35平方メートルを国史跡に追加指定しました。これにより史跡の全体面積は51778.43平方メートルになります。

 された土地は、平成8年7月に実施された印南地区圃場整備(ほじょうせいび)工事で、礫敷(れきじ)き暗渠(あんきょ)排水溝が発見されたところです(下図・写真参照)。

 発見当時は播州葡萄園に関連する遺構かどうか判断がつきませんでしたが、その後の発掘調査によってワイン醸造場跡と関係する遺構である可能性が高いことがわかりました。平成18(2006)年12月、この土地の地権者から指定同意が得られ、追加指定に至りました。

 

国指定史跡 播州葡萄園跡 追加指定地域位置図

 

平成8年に見つかった礫敷(れきじ)き暗渠(あんきょ)排水溝の一部(南から)

 平成8(1996)年に見つかった礫敷(れきじ)き暗渠(あんきょ)排水溝の一部(南から)

≪史跡の指定≫

播州葡萄園跡(ばんしゅうぶどうえんあと)  【兵庫県加古郡稲美町印南646-33ほか 51778.43平方メートル】

播州葡萄園跡は、明治13(1880)年、明治政府が殖産興業政策の一環として、葡萄栽培、醸造試験を目的として開設された官営の施設であり、加古川と明石川に挟まれた印南野台地の中央平坦部に位置する。近代農法の導入を図ろうとした明治政府は、葡萄樹の栽培、醸造に適した温暖で乾燥の地として30町2反あまりの土地を選定、苗木を植え付け、管理事務所である園舎や葡萄実験栽培用のガラス温室、醸造場等の諸施設を建設していった。明治17(1884)年には1,005貫の収穫から6石の葡萄酒を生産し、年末の段階で葡萄樹は111,305本を数えたが、明治18(1885)年には葡萄樹の害虫フィロキセラが発生、天候不順もあって収穫は200貫、葡萄酒生産量は1.5石にとどまった。明治19(1886)年、官業払い下げの一環として、播州葡萄園の経営は前田正名に委嘱され、明治21(1888)年には同人に払い下げられ、明治20(1887)年代に廃園となった。
稲美町教育委員会の発掘調査によって、醸造場建物跡、ガラス温室跡2棟、礫敷き暗渠、排水溝等が見つかり、未開栓を含むワインボトルや陶磁器、金属類等が出土した。明治政府の殖産興業政策の様相を知る上で重要。

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